大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)66号 判決 1968年2月28日
原告 南野辰之助
被告 芦屋税務署長
訴訟代理人 上杉晴一郎 外三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用砥原告の負担とする。
事実
(当事者双方の申立)<省略>
(当事者双方の主張)
原告の請求原因<省略>
被告の答弁および主張
一、<省略>
二、被告の本案前の抗弁
原告は先に提起した大阪地方裁判所昭和四一年(行ウ)第二四号事件(以下第二四号事件という)において芦屋税務署長が昭和三八年一二月二〇日付でなした原告の昭和三六年度分の所得税の決定および重加算税の賦課決定(原処分)の取消を求めていた。このことは右事件の請求の趣旨をみれば明白である。ところで原処分の取消を求める場合、被告となすべきものは、原処分をなした芦屋税務署長であるにも拘らず(行政事件訴訟法第一一条第一項)同署長を被告とせず大阪国税局長を被告としている。これは被告適格を有しないものを被告とした点に違法があるから不適法として却下さるべきものであつた。
しかるに、原告は出訴期間(裁決書謄本の送達後三ケ月)を経過した後である昭和四一年七月八日に本訴(被告を芦屋税務署長とし同署長のなした処分の取消を求める訴当庁昭和四一年(行ウ)第六六号事件以下第六六事件という。)を先きの第二四号事件に追加的に併合するものとして提起した。しかしながらこの追加的併合は後記の理由で許されないし、また第六六号事件(本訴)に存する出訴期間徒過の瑕疵は行政事件訴訟法第二〇条後段の規定により治癒されない。いずれにしても不適法な訴として却下さるべきである。
イ、すなわち、行政事件訴訟法第一九条第一項に規定する訴の追加的併合は関連請求に係る訴について許されるものであるが、もともと第二四号事件は、被告署長のなした決定の取消を求めているものである(このことは第二四号事件につき、その後撤回されはしたが、原告より被告変更許可の申立書が提出され同申立書記載の申立の理由中に、右第二四号事件は被告署長のなした決定の取消を求めるものであり、従つて、被告を署長になすべきであつた趣旨の記載あることからも明白である。)従つて、あとで提起された第六六号事件は、右第二四号事件と同一事件であつて関連請求ではなく、むしろ、第六六号事件は二重起訴として却下(行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第二三一条)されるべきものであつた筈である。
ロ、このように、第二四号事件に第六六号事件を追加的に併合することは本来あり得ず、また、許されないものであるから第六六号事件に存する出訴期間徒過の瑕疵は治癒されないが、かりに、本件について訴の追加的併合が許されるとしても、訴の追加的併合による、行政事件訴訟法第二〇条後段の、出訴期間に関する救済規定は、さきに提起された訴が適法な場合に限り適用されるものと解すべきであり(そうしないと、不適法な訴を提起した者が、重ねて、出訴期間徒過の不適法の訴を追加的併合の方法で提起した場合でも、右救済の利益を不当に受けることになる。)、既に主張のように、第二四号事件は被告を誤つた不適法な訴であるから、これに追加的に併合された第六六号事件については、右行政事件訴訟法第二〇条後段の規定は適用なく、従つて、依然、本件訴は不適法なものというべきである。
ハ、更に、かりに右二、三項の主張が誤つていたとしても、もともと、行政事件訴訟法第二〇条後段の救済は、さきに審査請求棄却の「裁決取消の訴」に、原処分取消の訴が追加的に併合された場合にのみなされるものであること条文上明らかであるが、本件第二四号事件は、前述のとおり、裁決取消の訴ではなく、署長を被告とすべき「原処分取消の訴」であるから、これに追加的に併合提起された第六六号事件については右救済規定の適用はないものである。
二、行政事件訴訟法第二〇条後段は、同訴訟法が取消訴訟につき、所謂、原処分中心主義をとり、原処分の取消を中心として行政処分に不服の国民を救済するたてまえをとり、裁決取消訴訟は、副次的な抗告訴訟として違法事由の主張が制限されている(同法第一〇条第二項)にも拘らず、この点について知識不備の国民が裁決取消訴訟をまず提起し、右原処分中心主義による制約を受けるに至つた場合に、この者に利益救済の機会を失なわしめない配慮からおかれたものであり、本件のように、原処分の取消訴訟を提起し、ただ、被告を誤つた者の救済方法として規定されているものではない。
本来、本件のように、被告を誤つた場合の救済規定としては行政事件訴訟法第一五条が置かれており、原告としては、この被告変更の方法によるべきであり、もし、本件のような場合にでも訴の追加的併合及び右行政事件訴訟法第二〇条後段の救済が許されるとすれば、右第一五条における、故意重過失のある者まで保護されることになり、極めて不当な結果になる。
三、被告の主張<省略>
理由
一、請求原因たる一、二の事実は当事者間に争のないところである。
二、まず、被告の本案前の抗弁について判断する。
本件記録によれば、
イ、原告は昭和四一年三月二四日大阪国税局長を被告として原告の昭和三六年分の所得税についての処分の取消の訴を大阪地方裁判所に提起し、同庁昭和四一年(行ウ)第二四号として係属したこと。
ロ、右訴の請求の趣旨の表現内容としては、「被告(局長)が原告に対し昭和三八年一二月二〇日付でなした原告の昭和三六年分所得税の決定及び加算税の賦課決定(芦屋税務署長のなした原処分)はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする。」と記載されていること。
ハ、しかして、右訴の請求の原因五項において、大阪国税局長のなした昭和四〇年一二月二四日付の審査請求を棄却した裁決は違法であるからその取消を求める旨が明確に表示されていること。
しかしながら、その取消の原因は大阪国税局長がなした審査裁決自体に存する固有の違法を主張するのでなく、原処分庁たる税務署長が原告の昭和三六年分の所得金額を過大に認定した違法を同局長においてそのまま看過認容した点に違法があると主張するようであること。
が明らかである。
したがつて、右訴において原告は被告を大阪国税局長としているし、しかもその請求の原因五項において同局長が原処分(芦屋税務署長のなした)を維持して原告の審査請求を棄却した裁決を不服として昭和四〇年一二月二四日付の審査請求棄却の取消を求めている主旨があきらかであるから、たとえ、その請求趣旨の表現内容が正確でなく、請求原因たる理由において不完全なところがあるにしても、右訴は被告を大阪国税局長とする審査裁決の取消を求める訴であるというべきである。
行政事件訴訟法第一一条にしたがえば、被告を大阪国税局長とする以上、その請求の趣旨において同局長のなした昭和四〇年一二月二四日付の審査請求棄却の裁決自体の取消を求める旨を明確に表現すべきが当然であるのに、右第二四号事件においては右裁決によつて維持された原処分の取消を求める旨がその表現内容となつている。このことは被告主張の通りであつて、被告局長に対する審査裁決の取消を求める訴の請求の趣旨の表現内容としては正確性を欠くものといいうる。しかしこの程度の正確性の欠如は、具体的審理の段階において、審査裁決自体の取消の趣旨に、表現、内容を変更することは許されるし、また可能であるからこの程度の正確性の欠如をとらえて以て直ちに右訴を不適法な訴であるとして却下すべきものであるとずることはできない。
また、行政事件訴訟法第一〇条によると、審査裁決の取消の訴えにおいては原処分の違法を理由として取消を求めることはできない(裁決固有の違法を理由とすべきであるとする)とされているところ、右第二四号事件においては審査裁決の違法として主張するところは要するに、原処分の違法を理由とするに帰着するようであるが、しかしこの点についても具体的審理の段階において釈明その他の方法によつて裁決固有の違法理由を明確に主張しうるのである、仮に裁決固有の違法理由を主張しなかつたとしてもそれは裁決取消の訴が理由なしとして棄却されることがあるにすぎないのであつて、いずれの場合においても訴が直ちに不適法な訴として却下さるべきものではない。
このようにみてくると右第二四号事件の訴が被告適格を欠く不適法な訴として却下さるべきだという前提に立つての被告の主張はすべて採用することはできない。
もちろん、原告としては、裁決の取消を求めるよりも実質的効果のある原処分の取消を求めることに主眼を置こうとしていたことは、本件記録上明らかなように、原告が右第二四号事件の訴における被告たる大阪国税局長を原処分庁たる芦屋税務署長に変更する旨の許可申立書を提出(昭和四一年六月二七日受付)したこと(右申立は昭和四一年七月八日第二回口頭弁論期日に取下げられた。)によつて窺えるのである。しかし、原告がこのような申立をしたことを以て、右第二四号事件の訴は芦屋税務署長のなした原処分の取消を求めるものであるから被告適格のない大阪国税局長を被告とした不適法な訴であるとする見解の一つの支柱資料とみる被告の主張には同調出来ない。
しかして、本件記録によれば、原告は昭和四一年七月八日右第二四号事件の訴に追加併合するものとして、被告を芦屋税務署長として、同署長が昭和三八年一二月二〇日付でなした原告の昭和三六年分所得税の決定および、加算税の賦課決定の取消を求める訴(本件、昭和四一年(行ウ)第六六号)を提起し昭和四一年九月九日午後一時の口頭弁論期日において両訴は各訴状答弁書の陳述がなされ同期日において昭和四一年(行ウ)第二四号事件は取下げられたことが明らかなところである。ところで右第二四号事件の大阪国税局長を被告とする審査裁決取消の訴が不適法として却下さるべきものでないこと前示のとおりであるし、しかもそれが有効な訴訟係属中に審査り対象であつた原処分のその取消の訴(関連請求に係る訴1第六六号事件)を原処分庁たる芦屋税務署長を被告として審査裁決取消の訴(第二四号事件)に追加的に併合して提起したのであるから本件訴(第六六号事件)は行政事件訴訟第一九条第二〇条によつてすべて適法に追加的に併合され訴訟係属が生じたものというべきである。これに反する被告の主張(出訴期間の徒過、二重起訴、追加的併合不許など)には左祖できない。
したがつて、被告の本案前の抗弁は理由がない。
三、本案について判断する
1、原告の昭和三六年における不動産所得(被告主張の(1) の事実)、給与所得(被告主張の(2) の事実)は当事者間において争のないところである。
2、被告主張(3) の離作料について
被告主張の農地についてその主張の日時頃、農地貸付契約解約に関し兵庫県知事の許可のあつたこと、県農地委員会の耕作権放棄決定のあつたこと、しかも、その頃(知事の許可)右農地を現実に相手方に引渡されたことは当事者間に争のないところである。
<証拠省略>を綜合すると、兵庫県立芦屋高校ではかねてから同校北側の訴外亡橋本数一(以下橋本という)所有の土地(芦屋市宮川町三九の二、田七三〇坪)の取得を望んでいたところ昭和三五年初頃から斡旋する人もあつて右高校育友会(以下育友会という)と橋本との間において原告が芦屋市農業委員会を通じ借受け耕作をしている農地(自作農創設特別措置法に基く被買収地で未売渡の農地)を代替地として橋本に取得させることを条件に橋本は前記の同人所有の田を育友会に譲渡する旨話合が具体化するに至つた。そこで、同年一二月二〇日原告ど育友会との間において、原告において、芦屋市打出親王塚町四一の二田九畝二歩および同町四三番地田三畝一三歩の耕作権を放棄する。橋本が右土地を取得することに同意する。耕作権放棄の期日は県農地委員会において耕作権放棄の決定の日とする。これに対し育友会はその実測坪数四二〇坪につき坪当り金二五、〇〇〇円合計一〇、〇五一、二五〇円の謝礼を提供する。その支払方法は芦屋市農地委員会において耕作権放棄の決定と同時に現金を以て総額の二分の一を支払い、残額は県農地委員会において耕作権放棄の決定と同時に現金を以て支払う旨の契約がなされた。この契約に基き育友会は昭和三五年一二月二七日金五、〇二五、六二五円を、昭和三六年二月二〇日兵庫県農地委員会が農地貸付契約の解約申請について議決をなし同年二月二五日右解約について兵庫県知事の許可があり、しかも原告が現実に農地を相手方に引渡した後である同年三月一〇日残金五、〇二五、六二五円の支払を、それぞれその取引銀行である神戸銀行芦屋支店の小切手をもつて原告に支払い、原告は原告名義の領収書を作成のうえ育友会に交付して金額を受領したことが認められる。
ところで、原告は、右農地の耕作は訴外政田愛子、阪口寛、田塚ふさ、および原告の四名において現に行われていたものであるからその離作料一〇、〇五一、二五〇円は右四名が分割して収受したものである。原告の収受した金額は金二、五七六、二五〇円にすぎない旨主張するのである。
なるほど<証拠省略>は右三名の原告宛の右農地の土地賃借証書であるが、いずれも右三名がそれぞれ土地賃借人として自らの意思に基いて真正に作成して原告に差入れたものであることを認めるに足る証拠がない、しかも同号証に貼用されている一〇円の収入印紙は<証拠省略>によると昭和二九年四月一日から適用使用されていたものであることが明らかであるから、右甲号証はその作成の日付当時に使用されていなかつた一〇円収入印紙が貼用されているのであつて、その作成日付当時頃に真実作成されたか甚だ疑わしく後日においてことさら作成されたことを窺わしめるものである。
<証拠省略>は各名義人のいずれも昭和三五年一二月二〇日付、および昭和三六年四月二〇日付の各金一、一二五、〇〇〇円受領(田塚ふさ名義は各金一、四八五、〇〇〇円)の原告宛の領収証であるが、これらの領収証が各名義人において真実金員を受領し自らの真意に基いて真正に作成した原告宛の文書であることを認めるに足る証拠はない。
甲第九号証は原告が昭和三五年六月一日付で芦屋市農業委員会長宛に政田愛子、阪口寛、田塚ふさに田をそれぞれ一部宛を耕作せしめる旨を記載した届出書であるが、<証拠省略>によると、右三名が真実耕作していた事実が認められないから甲第九号証の記載内容もそのまま措信できない。
甲第一〇号証は、昭和三七年一二月一五日付芦屋市農業委員会長作成名義の耕作証明であることは当事者間に争いがないが<証拠省略>によると、ただ原告が税務署に提出するために耕作証明願として、政田愛子、阪口寛、田塚ふさ、南野辰之助(原告)の四名が耕作している旨記載した書類を右農業委員会に提出したので右四名が真実耕作していたことを確認したわけでなく、ただ記載をそのまま鵜呑みにして作成ざれたことが窺われるのでこれまた政田愛子、阪口寛、田塚ふさらが前記農地を耕作していたことめ証明の確証とすることはできない。
その他に原告の主張事実を認めるに足る証拠もないし、前段の認定を左右するに足る証拠もない。
右認定によれば、原告は貸借していた農地の耕作(使用収益)をやめ(離作し)、その農地を第三者に引渡したのであつて、農地の賃貸借当事者間においては契約を解約し、農地の返還の関係においては契約に基づいて第三者に引渡し、耕作権放棄(離作)の謝礼として金一〇、〇五一、二五〇円を収受したものである、このように耕作権放棄(離作)が農地の賃借権の移転、若しくはその解約(契約)、引渡に伴つて行われるときは、それは耕作権の譲渡であると、いうことができる。その謝礼はその譲渡の対価であるとみられうる。だから原告の収受した金一〇、〇五一、二五〇円は譲渡所得である。そうだとするとこの所得の帰属年度が考察されなければならない。農地の賃貸契約の解除解約については県知事の許可を受けなければならない。農地の権利移転もまた同様である(賃借権については農業委員会の許可)、その許可を受けないでした行為はその効力を生じないものとされている(農地法第二〇条第三条)。しかして税法上所得発生時期は収入すべき金額の確定する時をいうのであつて、それは収入すべき権利の確定したとき、法律上その権利を行使することができるようになつたときであると解される、従つて右認定事実によれば、原告が譲渡の対価である離作料債権を法律上行使しうるときとは離作が農地の賃貸借契約の解約と、その引渡に随伴してなされているのであるからその解約につき効力の生ずべき兵庫県知事の許可の日、すなわち昭和三六年二月二五日、しかも、原告が契約の履行として農地を現実に第三者に引渡したその頃(右許可の頃であること争ない)、この時以後であつて、この時において原告の収入金額とすべき金額は発生したものということができる。したがつて、譲渡の対価たる金一〇、〇五一、二五〇円の所得は告の昭和三六年分に属するものというべきである。
以上不動産所得、給与所得、譲渡所得について右の認定の通りであるから原告の昭和三六年分の所属については被告が昭和三八年一二月二〇日付でなした所得税の決定には原告の所得を過大に認定した違法の点は存しない。
四、重加算税賦課について判断する。
(1) 被告主張の(4) のイ、の不動産所得について、被告主張(1) の不動産所得についての事実が当時者に争いのないこと、と本訴状添付の不動産所得の内訳表(原告の当初の主張)、<証拠省略>によると、原告は所得税の計算の基礎となるべき昭和三六年分における不動産所得を隠ぺい仮装し、しかも申告しなかつた事実が窺われる。他にこれを覆えすに足る証拠はない。
(2) 被告主張の(4) のロ、の事実について、
<証拠省略>を綜合すると、被告主張の(4) のロ、の事実をすべて認めることができる。
(3) 右の通りだとすると被告のなした重加算税賦課決定にも何等違法の点は存しない。
以上のとおりであるから、被告署長が原告の昭和三六年分の所得税について昭和三八年一二月二〇日なした所得税の決定および重加算税賦課決定の取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 石崎甚八 長谷喜仁 光辻敦馬)
計算書<省略>
離作料の明細<省略>